「火垂るの墓」の作品背景

ジブリ映画「火垂るの墓」は、単なる戦中戦後の悲しみを表現しただけの映画ではありません。原作者である野坂昭如氏の実体験に基づいて作られた作品です。

作品背景は、野坂氏も経験した1945年3月の神戸大空襲から始まります。この空襲により、家や親を失い妹の面倒を見ながら必死の思いで生活をしていた、主人公清太が、野坂氏自身です。映画と同じように、焼け跡から食料を掘り起こして運んだり、幼い妹の面倒を見たりしていたようです。

実際には、二人いた妹のうち、下の妹を充分に見たとは言えず、むしろ野坂氏は疎ましくさえ思っていたようです。それは、身を寄せていた親戚の家の娘に、淡い恋心を抱いていたから、という話があります。そして、食べ物もろくに与えず妹を餓死させてしまったのです。このような作品背景があり、ジブリ映画「火垂るの墓」は野坂氏が妹への鎮魂の思いを込めて作ったと考えられています。映画の中では、妹思いの兄清太として描かれています。これは、せめてものつぐないの気持ちもあったのではないかと推測されます。

映画の一番印象的な場面として、妹節子が栄養失調で亡くなった後、荼毘に付した所があげられます。野坂氏自身も妹を荼毘に付しています。燃え上がる炎から降ってくる火の粉と、どこからともなく表れる蛍を「火垂るの墓」というタイトルにして、表現しています。ここに、野坂氏が妹に対する鎮魂の思いを表したかった心の中の奥深いものが、詰まっていると思います。

アニメ界の至宝、高畑勲監督

高畑勲監督は、ジブリ映画『火垂るの墓』『かぐや姫の物語』などで知られるアニメ演出家です。アニメがまだ漫画映画と呼ばれていた時代から現在に至るまで活躍してきた功...  この続きはこちら ⇒

Copyright(c) 2016   戦争時代を描いたジブリ映画の火垂るの墓とは   All Rights Reserved.